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Greedier☆+゚。。。NEWS

NEWSの笑顔ずっとみていたいそんな風に思ったら

慶ちゃんについて本気出して考えてみた。

小山慶一郎 まとめ・考察 NEWS 雑誌

こんにちは。

年の瀬に近づいてきましたね!担当の誕生日も無事に終わり、「NEWSは年末の番組に出れるんだろうか…」って心配する季節になりましたねえ。毎年のことながら切ないですねえ。
正直私はもう2014年はあきらめました。
来年がんばろ!

ということで(なにがだ)

自己満足のメンバーインタビューまとめなのですが、担当の膨大なインタビューをまとめて完全燃焼していましたが、やはりわれらがリーダーの慶ちゃんに手を付けないわけにはいかないと思い、またチマチマとやりたいと思います(笑)

私の慶ちゃんへの精神依存度は半端じゃないです。
そんな宗教コメントもまた下に書きたいと思うので、暇で暇で死にそうな方はまたお付き合いくださいませ♪

                            • -

■お姉ちゃんが導いでくれたジャニーズへの道

芸能界に興味はなかった。プロ野球選手になりたかった。中学校の時、女の子にジャニーズ受けなよって言われたりはしたけど、「バカ、受かるわけねーだろ!」って言ってたし。
でも、姉ちゃんがSMAPの香取君のファンで、一緒にSMAPの曲のフリを覚えたりしていた。

姉ちゃんとの仲はよかった。ウチは小5で両親が離婚しているけど、オカンはラーメン屋で遅くまで働いていたから、夜はずっと姉ちゃんと二人で居た。姉ちゃんは弟の面倒を見なきゃいけないという意識もあったと思う。俺に対して厳しかったから、よくケンカもした。
でも、なんだかんだふたりきりだったから仲良かったよ。
家事は全部姉ちゃんと半分ずつ分担して。今でも家事をすることに全く抵抗がないのは、昔からやることが当たり前だったからだと思う。

中学はすごく楽しかった。学級委員とかをやったかな。
クラスにいるやんちゃな奴らと休み時間に弁当を食べたり。
でも、高校受験に失敗した。同じ中学から何十人も受けたのに、落ちたのは俺だけ。
「最悪。人生終わった」って思った。結局、家からちょっと遠い高校に行くことになって、俺が思い描く高校デビューができなくて、完全に人生のターニングポイントだったな。
イヤイヤ高校に通っていた。行きたかった高校に入った奴らは、茶髪にして高校生バッグもってチャリで登校してて、それがうらやましくて。
俺は電車通学で超ダサい指定のバッグで(笑)
毎日家で「俺、もう高校やめる」って毎日泣いてた。オカンは「やめてもいいよ。でもどうするの?」って。「わかんないけど、やめる」って毎日言ってたな。
毎日泣いて愚痴ばっか言ってた。そしたら姉ちゃんがある夜「髪型セットして!好きな服着て!」っていきなり言い出して、着替え終わったら、写真撮ったんだ。俺は「なんだなんだ?」って思ったんだけど、それがオーディションに送る写真だったんだよね。
応募後、3か月以上返事が来なかったから、もう書類選考で落ちたのかなって。で、高1の冬だったんだけど、友だちと一晩中雪合戦して、朝家に帰ったんだよね。それが忘れもしない2001年の1月21日。
俺、いつもは絶対裏口から家に入るんだけど、その朝だけはなんか表から入ろうと思って。
それで、ふだんはポストなんか見ないのに、なぜか見たりして。
そしたら封筒が届いていて、「一次審査受かりました。」って。で、「2次審査のためにNHKのどこどこに着てください」って書いてあった。
日付を見たら、2次審査の日がポストを開けたその日!
ポストに何日か入っていたっぽかったから、もしもポストを見なかったり翌日に見ていたら…超ラッキーだったよね。

オーディションは寝ないで受けに行った。ジャニーズのイメージって、金髪&ピアスだったんだよね。
だから急いでコンビニでカラーリング剤を買って金髪にして、ピアスなんて開いていなかったから、オカンにイヤリング借りてピアスの代わりにして。

会場に行ったら300人くらいオーディション生がいた。みんなカッコよく見えて、受かるわけないって思った。
V6の「愛のメロディ」の振り付けを覚えさせられたんだけど、A~Fに上手い順番に振り分けられて、俺はF。やべえって思って、もうやる気をアピールするしかないって振付師さんに「ここのステップわからないんですけど」って質問してアドバイス貰って、「お前いいな、Aに言っていいぞ」って言われて。
そのあと、社長が入ってきて、質疑応答して。
「この中で野球やった事ある人」って、手を挙げたの俺を含めて5人しかいなかったんだよね。
結局、その5人は全員受かったんだけどね(笑)
それで、いきなり「ユー今から一人で野球やってみて」って。
よくわからないけど、俺はひとりで打って走るフリをして「セーフ」っていって、そしたら「いいね」って褒められた。それでひととおり試験は終わってた。
合否はわからなかったけど、会場を出る時にジャニーさんに「ユーその髪色やばいよ。金髪全く似合わない。あと、そのピアス何?」って(笑)
で、「来週までに髪を黒く染めてスタジオにきなさい」って。
それで1週間後に写真を撮ったんだよね。俺は写真を撮る審査かと思っていたんだけど、雑誌にフレッシュJr.として紹介されていて、受かったんだって!
受かったのはダンスが上手かったAグループばかりから出たわけじゃなかったし、金髪もピアスも勘違い。全部外れたけど、かえって目立って受かったのかも(笑)
俺はあのとき高1だったし、たぶん年齢的にギリギリ受かったと思う。本当にラストチャンスをモノにできたんだろうなって。
毎日泣いていたのに、生活はいきなり楽しくなった。
姉ちゃんにどうして履歴書を送ったか聞いたら、「つまんなそうにしてたから」だって。
姉ちゃんも高校やめようと思ったことがあったみたいで、それでもつづけたら楽しい事もあったから、オーディションを受けることが何かのきっかけになればいいなって思ったんだって。いいヤツです(笑)姉ちゃんが履歴書を送ってくれたから、いきなり希望の光が見えたって言うか、
俺、自分の事完全に負け組だって思ってたから。やっと目標を持てた。がんばるきっかけができた。

■シゲとの出会い

Jr.に入って、まずシンメを組まされることから始まった。
俺が組まされたのがシゲ(加藤成亮)。なんか短パン履いたおぼっちゃんみたいなヤツで、「なんだこいつ」って思った(笑)
その日から、仕事は何をやるにもシゲと一緒。最初は「なんでこいつとやらなきゃいけねーんだ、全然タイプちげーし」って思ってたけど、その時すでに社長にはなにかが見えていたのかもしれない。

シゲとはすぐに仲良くなった。買い物行って、お揃いの服買ったり。
シゲは学校が渋谷だったから、よくしってるんです。都内の事。
ショップとかいろいろ教えてくれて、一回ケンカしたけどすぐ仲直りした。

思いがけず入った芸能界だったけど、尊敬する先輩の舞台に出演したり、KAT-TUNのメンバーと仲良くなったり、もちろんみんなライバルではあるけども同じ舞台をつくりあげるための仲間でもあった。
初めての事だらけだったけど、すごく楽しい毎日だった。

最初に通っていた高校は芸能活動禁止だった。
少しずつTVに出させてもらうようになって、このままじゃいけないって先生に相談した。そしたら「どうしたいか決めてくれ」って言われて、俺その場で決めたんだよね。「転校します。手続きなど大変でしょうが、よろしくお願いいたします。」って。

俺は芸能界を捨てたら目標を持てなかった頃に戻ってしまう。
ジャニーズと高校を天秤にかけたら絶対に迷わない。楽しいのはもちろんだけど、そこには計り知れない希望があった。売れたいとか、そんなことじゃなくて、スターの後ろで踊らせてもらったり、スターのそばにいると、「俺もっとがんばろう。もっとかっこよくなりたい。」って自然に思うようになる。男としての欲と言うか。


■20歳までにデビューできなければやめようと思っていた。

俺は高校でいちど受験に失敗しているから、リベンジって言う気持ちがあって大学を受験した。それに、俺の中ではJr.は20才までって決めていた。
高2、高3と年齢を重ねていくと周囲が見えてきて、デビューできなければもうワンステップ上に上がれないって思ったから。
保障のない世界だから、将来の事も考えて、ちがう道を歩くことも考えておこうって。
受験生の時は、コンサートをやって、塾に行って、ビジネスホテルに泊まりこんで勉強して、またコンサートに行って、塾に行って…っていう生活をしていた。それくらいしないと受からないから。
Jr.時代に頑張ることのコツを学んだと思う。振り付けや歌を覚える時の瞬発力と言うか、集中力。
Jr.って、本当に短時間で膨大な振り付けや歌を覚える。それはもう尋常じゃない早さ。そんな量を?!そんな早さで?!って、みんなびっくりすると思う。
でもそれを当たり前にやらないと自分が落ちていくだけだから。
厳しい世界だけど、そこにいることで自然と集中力や瞬発力は身に着くんだよね。Jr.で学んだことを受験にも活かせたと思う。


■思いがけないNEWSとしてのデビュー

俺は入ったのが遅かったから、同期が先にデビューして悔しいっていう経験はないけど、そういう経験をしているJr.はいくらでもいたんだよね。
V6、嵐って、4年周期でバレーボールを応援するグループがデビューしていて、俺は年齢的に考えて、そこでデビューできなければデビューはもうないって思っていたから、すごく意識していた。

NEWSのメンバーになることが決まった時は、もうビックリ。
いきなり言われたから。「ユー、NEWSだから。バレーボールの応援団だから。」って。
きた!って嬉しくて、
シゲと飯を食いに行って水で乾杯したからね。
このあと、俺らオッサンになっても一緒なんだよな。おぼえてる?ホント、俺とオマエって最初から一緒だったよな。って語り合って。

でも、複雑な気持ちもあった。
俺は横尾ちゃんと同期ですごく仲が良かった。俺とシゲってK.K.Kityから抜けてNEWSとしてデビューした形になったから、残された横尾ちゃんからすればきついし、辛いだろうなって思った。でも横尾ちゃんは凄い頑張って夢を追いかけていたから応援していた。
だから、キスマイのデビューが決まった時は「うおー!!」って思った!!

Jr.時代に学んだことは、ただがんばるんじゃなくて、頑張る方向性の大切さかもしれない。
今でも忘れられないのが、滝沢くんのバックで踊った時に、滝沢くんが俺に「そのままじゃバックで終わっちゃうよ。」って言ってくれたこと。見ててくれたんです。センターの位置にいながら、いちばん後ろで踊っていた俺の事。
「がんばろう。気持ちが大事だよ」ってって言ってくれて、ほんとそうで。
もちろん一生懸命頑張ってるんだけど、ただ踊るんじゃなくて、俺はここで踊っているんだって気持ちひとつで見え方って変わってくるんだよね。滝沢くんから学ばせてもらったことって大きい。
俺、少年倶楽部のMCやってるときに、それを思い出して、この子って思う子には話しかけてました。
嬉しいんだよね、先輩がケツをポンとたたいてくれるって。

俺、高校に落ちた時に、周囲の大人に「人生で起きるすべての事に意味があるんだよ」って言われてた。
あのころは意味がわからなくて、「高校に落ちることに何の意味があるんだ?」って思った。
でも、今ならわかる。今の自分にたどり着くために必要な挫折だったんだって。意味があったんだって。
忘れちゃいけないのが、周りで見守ってくれている人がいるってことだと思う。

■5年後、10年後、自分はどうなっているんだろう?

NEWSのコンサートのMCは自然に自分が任されるようになった。
握手会で山Pと握手したいの俺のボックスに来てしまった子に「やだー」っていわれた話を毎公演して、リピーターのお客さんがいるなんて知らないから「あれ?今回はうけないなあ?」なんて思ったり(笑)
同じ話ばっかするからメンバーも飽きちゃって、だれも相づち打ってくれないし、フォローもしてくれなかった(笑)

でも、そこで俺の役目ってもしかしてSMAPだったら中居さん、V6だったら井ノ原さんなのかなって思って、ちょっとずつ意識していった。
最初はメンバーの行動を観察してメモ帳にメモして(笑)
だんだん、それぞれメンバーのキャラも立ってきて、テンポとかもわかってきてね。

デビュー後の俺は悩んでなさそうに見えるかもしれないけど、じつは25歳くらいの時が人生で一番悩んだ。
毎晩のように一人で泣いてた。
怖かった。5年後、10年後、俺はどうなっているんだろう?俺何になりたいんだろう?って考えたら。
俺は何もない。何も誇れるものがないって、だから、ジャニーズと言う肩書をとったら何も残らないって。

そんな時に、24時間テレビでNEWSがメインパーソナリティーを努めることになった。自分の事に悩みながら、なんとなく手話がやりたくて「手話をやらせてほしい」ってお願いしたんだよ。勉強して手話を覚えて、手話で子供たちとコミュニケーションが取れるようになった。その結果、それを見てくれていたnews every.のプロデューサーさんが「手話ができるのは凄い。君とだったら報道で向き合える気がする」って言って俺をキャスターに選んでくれた。
俺が悩んでいた時期や、新しいことに挑戦したタイミング、全部がマッチして選んでもらえたと思った。
悩んでいたことには意味があったって思った。それで悩みがすべて晴れたわけではないけど、突破口が開けた。小山慶一郎と言う個性を少し見いだせたような気がした。

でも、NEWSとしてはまだまだ山Pと亮ちゃんに引っ張ってもらっているような状況だったと思う。俺は今でも、二人が先頭になってくれたNEWSだったと思っている。だからこそ、6人の中で貢献したいという思いがあったし、自分の活動をNEWSに還元したいという思いもあった。
先輩たちのグループを見ても思う。「この人はこうだよね」って、一人一人に個性があって素敵だなって。
小山慶一郎ってこうだよね、って言うものがずっと欲しいと思っていた時に、キャスターの仕事を頂いた。
「俺、ここで頑張ろう」「必死にやろう」と思えた瞬間だった。

俺は毎週勝負している。
最初の頃、藤井さんに「けーちゃん、俺たちは勝つ報道をやろう」って言われて、なんか、すごくよくわかって。
他局の放送に勝つっていうのもあると思うんだど、そういうことよりも「自分に勝つ」ってことを言ってくれたんだと思う。だから、いつも放送が始まる前に目をつぶって「今日も勝つぞ勝つぞ勝つぞ」ってつぶやいています。

■いちから積み上げているキャスターとしての自分

キャスターになって、取材先の方にお伺いを立てる時に名刺が欲しくて、作ってもらった。
名刺交換の仕方とかも初めて知って、やっぱりそういう社会人としての基礎知識って言うのが無かったんだなあと痛感しました。
それも、俺はダメだなと思って。やっぱり特殊な世界にいると、特殊なことで成立することがたくさんありすぎて…これじゃダメだなと思って。だから今、エブリーに行くたびに本当に自分の無知さに気づけるって言うのがある。やっぱりそこは事務所の人間ではなくて、キャスターとして見てもらっていると思うので、より勉強したい。知識を得たいっていう気持ちが強い。
でも逆に、自分がジャニーズ事務所で良かったと思う時もある。
キャスターという立場で被災地に行くと、「NEWSの曲で励まされました」とか「NEWSのCDだけ持って逃げたんです」とか…そういうのを聞くと、NEWSだから、ジャニーズだから励ますことができたんだと思う。と同時に、自分はキャスターをやっているからこの避難所に来れている、皆さんに話を聞くことができている。だから、やっぱりすべてが重なって、自分が今置かれている環境のありがたさ、恵まれているなと気づけた。
ちょうど2011年、NEWSが一番つらかった時期に被災地に行っていた。
その時に「俺はなにを悩んでいるんだろう」って。自分的には…NEWSのことで一番人生のどん底にいたと思っていた。
ああ俺はもう無理だ、これからの人生どうやって行けばいいんだろうって。
でも被災地に行ったとき、そんな状況とは比べてはいけないような現実の中でみなさんは生活しているし、そのうえで「NEWS待っています」とか「ライブやってください」とか仰ってくれて。
NEWSはこうなっているけど、這いつくばってでも残す事に意味があるって。逆に被災地の方々に気づかされて、励まされました。
それが僕がいまここに居させてもらっている原動力になっている。
いろんな想いをリンクさせては申し訳ないんだけど、どうしてもリンクしてしまって…
俺は絶対にここで負けちゃいけないって思った。絶対4人になっても新しいCDをこの人たちに聴かせたい、聴いてほしいって思った。

メンバーの脱退を発表する前日、プロデューサーの方に、二人が抜けることを伝える前にお会いした。
どうしても一時間だけ会ってくださいとお願いして、忙しいのに来てくださって。
「実は、山下と錦戸が抜けます。明日その発表があります。NEWSがどうなるかわからないです。それでも僕はnews evey.に出続けていいですか?」って。
その時プロデューサーさんが「僕はもし君がNEWSじゃなくても君を選んでいたし、NEWSじゃなくても関係ない。小山慶一郎にお願いしたいんだ」って言ってくれて。その時にもひとつ、本当に救われて。俺は本当にがむしゃらに行くしかない、本気で臨むしかないって。


■メンバーの脱退

2011年10月7日、二人が脱退することがマスコミ発表になった。
その時、携帯のwebニュースだったり、翌日のワイドショーでも取り上げられている「文字」として初めて見た時に、自分の事なのにすごく他人事のような…そんな感覚で。
そこからどんどん、どんどん怖くなる。10月からどんどん…
その時は本当に「白紙」だったから。
俺らどうなっていくんだろう?俺ってなんなんだ?って。
事務所に入った理由とかまで考え出して。
山Pと亮ちゃんがひっぱってくれていたNEWSというものをすごく実感しているから、その二人が抜けた時点でどうなるのか、というのがわからなくて、もしかしたらNEWSがなくなる可能性もあるっていう気持ちがどこかであって。
でも、さっき言ったように、絶対残さないといけないと思ったから。
俺はシゲと話しました。シゲと2人で会って、シゲは本当にどうしたい?という話と、じゃあ小山はどうしたい?って話と。これはどこまで話していいかわからないけど、…テゴマスはもしかしたらテゴマスでも成立するかもしれない。
俺とシゲはNEWSにしか所属していなかったから、やっぱりひとつしかない自分たちのグループを守るしかないと思った。
俺は、最終的にシゲに「どうしてもNEWSを残したい。俺はシゲと二人になっても、NEWSをやりたい」って言った。
その夜、シゲからもメールが来て、「俺も考えたけど、もし小山と二人になっても、NEWSで戦いたい」って。
ああ、これだったら、この想いをテゴマスに伝えられるなあって。
テゴマスの想いって言うのも絶対あったと思う。二人もすごく悩んだと思うし、でも二人もNEWSが大好きって言うのがわかっていたから。だから、二人に会って伝えました。
俺はNEWSをどうしても残したい。やりたいって。やっぱ俺はNEWSが好きだし、おやじになっても4人でいたいって…言った。NEWSがここでなくなったら、今までやってきたこともなくなってしまう。今までやってきたNEWSを引き継ごうよ、歴史を背負おうよって、自分の思いを今伝えないと、一生後悔すると思ったから、俺は何度も伝えた。

テゴマスまほうのツアー中、俺はテゴマスがうまくいっているのはいいことだけど、NEWSとしての可能性は薄れていくんじゃないかと不安になっていた。
それでもテゴマスのライブを見に行った。
そこでね、二人がさくらガールを歌ってた。
俺、涙が出ちゃったんだ。
NEWSへの愛はやっぱりいっしょだよなって。二人を信じようって思った。

「これで終わらせたら俺たちのエゴでしかない。もっとファンの人たちの声に耳を傾けよう」って、そうやって4人で残せたNEWSだけど、ファンの人たちも一緒に残してくれたNEWS。人数は減っちゃったけど、一方で俺は増えたような気もしている。それは、ファンの人もNEWSの一員になってくれたから。
今は逆にメンバーが増えたような、そんな心強い気分。
ジャニーズ事務所でこんな経験をしたグループは他にはないと思う。人数が減ったり、解散か?まで言われて、それでも乗り切ってやっていく…ここまでの経験は誰もしていない。これを経験したらもう何も怖いものはない。もう失うものが何もないから。
この先は4人で、新しいNEWSの歴史を少しずつ、少しずつ作っていくだけ。


■みんなが1番、俺が2番でいい。

俺は「最高の2番手」になりたい。NEWSでいえば、いちばんは他のメンバーでいい。それは結局6番手ってことかもしれないけど、みんながいちばんでいてくれたら俺は2番でいい。じゃないとMCってできないし。
自分が喋らずクールってキャラじゃないこともわかっている。
カッコつけられないんだよね(笑)演じられないし、俺、不器用だと思います。
カッコつけられればいいんだけど、それはできないから。思う事を何でもしゃべって伝えることが、ファンの人たちとの距離を縮めることになると思うし、壁を作るのが嫌なんです。だから、いつでも会えるアイドルって思ってほしいし、そうなりたい。俺は、ファンとNEWSをつなぐ、最高のパイプになりたい。

ひとつ言いたいのは、俺は山Pと亮ちゃんに感謝しているってこと。
やっぱり二人が土台を作ってくれたNEWSだし、二人と一緒につくってきたNEWSでもある。
4人としてのスタートの位置を作ってくれたのはやっぱり6人での活動だから。
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二人のこと、そりゃあ許せない時もあったよ(笑)
でも今は堂々と二人の活動を見れるようになったよ。俺たち4人には味方がいるって実感できているから。
気づいたら周りにはすごくたくさんの味方がいてくれた。そのことが分かったから、もう大丈夫。
納得いかない時期もあったけどそれも越えた。今はただ見てほしい。
「NEWS4人でもやってるよ。 いままで一緒に居てくれてありがとう。」今は、山Pと亮ちゃんを含め、NEWSの元メンバー全員が幸せになれればいいなって思う。
全員で幸せになって、おじさんになった時に酒を飲んで笑いあいたい。
「抜けすぎでしょ(笑)」って。
「あのときはこう思っててさあ」とか、「俺らも4人で大変だったんだよなあ」みたいに話せたら幸せだな。

そのためには負けないよ。
俺達は4人、絶対に負けない。
4人でちゃんとNEWSを成立させるし、ファンの人たちも幸せにする!
みんなをいっぱい泣かせちゃったし、悲しい思いをさせちゃったしね。
これからはどこのグループのファンよりも幸せにしたいって思っている。

だから、みんなこれからもよろしくね。
一緒に思い出を作ろうね。

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…………………………

Myojo10000字インタビュー、ポポロロングインタビュー、+act miniからのまとめです。

私のなかの慶ちゃんのイメージって、手話とか韓国語とかキャスターとか、自分で始めたことへの執念というか、極めるための根性がすごいってことで。
もともとそういう性格だったのかしら?って思っていたんですが、小さなころは割と飽きやすかったようで(笑)
上には書かなかったけど、野球を小さいころからやっていて、キャプテンだったけどJリーグが開幕してサッカーに心が揺れたり(笑)
慶ちゃんの、一つのことを極めようとする姿勢ってジャニーズに入って、NEWSで自分だけの色を見つける中で身についたことなのかなーってなんとなく思いました。

テゴマスを選ぼうとした、けれどもNEWSを選んだ、ってはっきりと告白していたてごちゃんのインタビューも先日まとめていましたが、
その時と同じ時間を慶ちゃんの目線から見るとまたぐっときます。

4人になったあとも、テゴマスのコンサートが終わるまでグループの存続は不明だったっていう話はあとから本人たちの口から語られた話だけど、少なくとも私は4人になった時点でNEWSは4人でずっといるって思っていたし、テゴマスのコンサートがあるからNEWSでの目の前の活動がないだけで、グループとしてはもう安泰なんだって思っていました。
だから、ファンが知らないところで4人になった後もなお4人がそれぞれのNEWSへの気持ちを抱えて葛藤していたという話は、その時ファンとして応援していながらも本当に水面下というか。
でも、だからこそあの時のことを思い出すと余計に胸が苦しくなります。

NEWSが4人になった時、私は当然NEWSを応援することを決めました。それは他ならない担当がグループに残ったから。(何度も言うけどテゴマスとしてやっていくかもしれないっていうのは当時は知らなかった)
そもそも、私がNEWSをなぜ応援していたかというと、てごちゃんがいたからでした。
それだけ、本当にそれだけ。
もともとジャニーズが好きではないという中で手越祐也を好きになって、手越祐也が在籍しているグループだったからNEWSが好きになって、手越祐也の仲間だからメンバーを好きになって、本当に担当越しにしかメンバーもグループも見てなかったんです。
でも、あの2人の脱退は本当にショックで、私は担当越しに見ていた6人のNEWSがいつのまにか本当に大好きで大好きでしょうがなくなっていたんだって気づいて。
正直脱退の直後はもういろんなことがワケわからなくなっていて、本当に何日間もずっと泣いてて、
残されたメンバーが、とかそういうことを考えている余裕もなかったし、NEWSのこれからとかを考えることもできなくて、
でも、その時に慶ちゃんがえぶりーで「僕たちを待っていてくれるファンのみなさんのためにも、絶対にNEWSをあきらめたくなかった」って、こわばった顔で口元わななかせながら言ってるの見て、「あーそうだ、私もNEWSあきらめたくない」って思ったんですよ。
そのあとにラジオで、「今までもこれからもずっっっっとNEWSの、小山慶一郎」って言ってて、
今までもこれからもずっっっとNEWSで居てくれるって言葉が、
ほかのグループのファンにしてみたら「いや、当たり前でしょw?」って笑われちゃうようなこの言葉がすごくうれしくて、
ずっとNEWSって約束してくれるのがこんなにうれしいことだって初めて気づいて、
本当喜びの沸点低いNEWS担ですけども(笑)

その次の年、美恋で復活したNEWSを見るわけですが、
「こんなに全員のことが大好きでしょうがないって気持ちでコンサートを見るのは初めてかもしれない」って私は思いました。
たぶん、6人のNEWSの、誰かにいつも「どうしてもっとこうしてくれないんだろう」とか理想を押し付けてたと思う。
あと、誰かがいなくなってしまうんじゃないかって、どこかでずっと思いながら応援してた。

でも、今の4人に対してはもちろんそんな心配もなくて、4人の活動を純粋に待っていて、
すごくスローペースかもしれないけど3年前よりは確実に前にいて、
ほかのグループよりずっと遅いかもしれないけど、でも私ファンやめないし、
慶ちゃんはこれからもずっっっっとNEWSだし、4人はおっさんになるまで一緒みたいだし、
だからいいやって(笑)そう思っております。

私はどうしようもない手越担だから、NEWSの歌にてごちゃんのソロパートが多いとうれしい。
番組でてごちゃんが抜かれるとうれしい。
大サビがてごちゃんだとうれしい。立ち位置センターがてごちゃんだとうれしい。
でも、「NEWSは誰のグループか」と聞かれたら迷わず「慶ちゃんのNEWSだよ」って答えます。

4人のグループがあるのは間違いなく慶ちゃんのおかげ。
慶ちゃんが、ファンの知らないところで4人の気持ちをひとつにしようと頑張ってくれたから。
私は何度も言うけど、どうしようもない手越担だから、もしNEWSがどうしようもなくあの時解散していたとしたら、
そうしたらきっと担当の行く方について行っていたと思うけど、
でもきっとそんな「もしも」より今の方が幸せなのは絶対間違いないです。
自分のかっこいいところより、メンバーのいいところとか面白いところを宝物のように大切そうに話してくれる慶ちゃんが大好きです。
いろんなリーダーがいるけど、私は慶ちゃんがNEWSのリーダーでこんな誇らしいことない。
うちのリーダーどや!うちのリーダーすごいだろっていつも思っています。

慶ちゃんがリーダーになった4人のNEWSがどんな景色を見せてくれるのか楽しみ。
ゆっくりでいいから一歩一歩進んでいってほしい。
応援しています。


慶ちゃんへの気持ちは重すぎるし書ききれないので以前に書いた宗教記事も貼っておきますね♥↓[Q.今日はNEWSのリーダー小山慶一郎さんの誕生日です。ぜひ、小山さんについて語ってください。 - Greedier☆+゚。。。NEWS


おつきあいいただきありがとうございました♥