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Greedier☆+゚。。。NEWS

NEWSの笑顔ずっとみていたいそんな風に思ったら

シゲアキについて本気だして考えてみた。

どーもあいかわらずツイッターに浮上すれば手越手越の私ですけども。
ブログも担当の話ばかりしていますけども。

今日は、ずっと前から自分の中でまとめておきたかった、シゲことNEWSの秀才 加藤シゲアキくんについて、本気だして考えてみようと思います。


といっても、文章のほとんどが雑誌からの引用です。
脱退が発表される直前の2011年夏のMyojo10000字インタビューと、その2年後、NEWSが10周年を迎えた2013年の夏のポポロロングインタビューから。

NEWSが大きな危機に直面している真っ只中でのシゲと、4人で10周年を迎えられて幸せに前向きに生きているシゲと、境遇が違いすぎてその時点ですでに面白いのですが、(興味深い的な意味でね)
しっかり読んでいると、シゲの中でいろいろ変化したものとか、成長した部分とかが見えてくるんですよね。

シゲ担さんに贈る、なんていったらおこがましいので、「本当に手越君しかみていないんですね」という名言をフォロワーさんからいただいた、ヲタスキルの低い私がシゲをいとしいと思うに至った経緯というか、「NEWSでシゲが6番目に好き」と認識していた、よく目も何も持っていなかった私が、こんなにもシゲを好きになったその重い想いをつらつら述べる戯言として覗いていただけたらと思います。(すげえ長いけどね)

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ジャニーズに入る前のシゲ

幼稚園の時、リアルにジャイアンみたいなコがいて、殴ってくるんだけど、体が大きくて歯が立たなかった。
小学生になるタイミングで広島から大阪に引っ越した。でも、ジャイアンのトラウマが残っているから、もうイジメられたくなくて少林寺拳法を習いはじめた。
子どもながらに、ある程度虚勢を張らないと、またイジメられるって思っていた。

小2の時、クラスメイト全員から無視されたことがあり、友だちにこっそり、なんで無視されているのか聞いたら、「嫌われるようなことばっかするからだよ」と言われた。
全部虚勢だったけど、嫌われることの恐怖心がすごくあったうえに、同時に弱者になる恐怖心はもっとあって、自分じゃ気づかなかったけど、いじめられっコになりたくない一心で、気づかないうちにイジメっコになっていた。すごくショックだった。

人とコミュニケーションをとるのが苦手だったから、自分の感情を咄嗟に表に出せなくて、何かされてもその場ではなんの反応もしないんだけど、ひとりになってから「あれ?よく考えたら腹がたつ!」みたいな。ケンカの仕方もわからなくて、学校の帰り道に、一人でケンカのシミュレーションをしていた。

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※このケンカのシュミレーションね、私もやるんですよ。
一人っ子A型で親が働いていて基本ひとりぼっちっていうのが関係しているのかな。
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いろんな失敗を重ねて、小学校の5.6年くらいからはちゃんと友達もできた。
目立ちたがりだったので、クラスの中心にいたいタイプだった。

ファッションにこだわりはじめたのは中1くらい。カッコイイって言われたい欲が今よりあった(笑)
自分をどうみせるか、見え方をすごく気にしていた。着飾ることで自分を大きくみせようとしていた
でも、内心どこかでメッキがはがれるんだろうなって予感もあって、ゆがんでいた(笑)
過去に人間関係がうまくいっていなかったのが関係しているんだろうし、とはいえ、孤立する勇気もない。さみしがりやだった。


小4で事務所に履歴書を送り、1年半後に1次審査通過の知らせが来る

元々芸能界に興味があった。
自分の未来予想図を描くのがすごく好きで、小学校の頃から「将来、何か仕事をするなら芸能界が一番いい」って思っていた。芸能界だったら、役者でどの職業もできるし、バラエティ番組で、いろんなことを経験できるから。

履歴書送付から1年半後に一次審査通過の知らせが来た。
オーディション会場は渋谷だった。
電車を降りて、「これが渋谷か~」って観光気分だった。
オーディション生が50人いる中、自分ともう一人だけが呼ばれ、喜ぶ間もなく驚いた。


Jr.時代はエリート

事務所に入って1か月後には沖縄、3か月後にはハワイに仕事で連れて行ってもらった。半年後にはマイクも持たせてもらった。

経歴はエリート。
でも、自分ができていないことも超わかってた。だから、いつもドキドキしていたし、いつも緊張していた。自分が出た番組を全部見ていたので、冷静に、なにもできていないことがわかっていた。歌もダンスも何もできないのに、立ち位置はどんどんよくなるし、仕事がどんどん入ってくる。同期とは仲が良かったけど、先輩の中には生意気だと言ってくる人もいた。

人間関係を築くのも上手じゃないし、後輩として可愛くなかった。
自分が先輩の立場になったとき、Ya-Ya-yahとかHey!Say!JUMPとかってメチャメチャかわいかった。
自分にはあどけなさなんてなかったし、身長もたかかったし。可愛がられる同期とかがいて、うらやましかった。
自分は先輩の事を好きだし尊敬もしているけど、態度では表せなかった。可愛がってほしかったし、さびしかった。

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※私がファンになったころ(6人で復活したころ)、山P、亮くん、慶ちゃんの膝にてごちゃんがよく座っていたようで、それをシゲが「おかしい」と言いながらも、「手越がいいなら俺だって山下くんの膝に座ってもいいはずだ」と言っていたんです。
それがすごく印象に残っているのですが、同い年でも素直に年上に甘えることのできるてごちゃんに、自分にはない部分を感じてある種の嫉妬をしていたのかな、なんて。今なら思います。
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その後、受験を期に仕事をストップし、合格後に復帰、金八先生に出演

やっぱり影響力がすごい。歩いているだけで声をかけられる。
でも、自分が演技をできていないことを一番感じた。
経歴はエリートでも、自分の中では全然仕事に追いつけていない。間に合ってねえなって思いがあった。
でも、現場はたのしい。
俺、変な思い込みをしていて、ダンスも芝居も歌も、年を取ればうまくなるって思っていた。俺が上手くなくて年上がうまいのは、それだけ長くやってるからだ。だから、すべては時間が解決してくれると思ってた。でも完全に違った。思い込みというか、そうであってほしいと逃げていただけ。デビュー直前に気づいた。年のせいなんかじゃごまかせない。


俺がいなければNEWSはもっと上にいけるはずと感じたデビュー時期

デビューがしたかった。ゴールみたいな存在だった。本当はスタートなんだけど(笑)
バレーボールの大会にあわせてデビューするグループが多かったから、大会前からJr.はソワソワしだす。
小山と「俺らいけるかもな」って話していた。自分たちがどのくらいの位置にいるか、立ち位置でなんとなくわかっていた。
実際に選ばれて嬉しかったけど、実力が足りないのも感じていた。
でも、ここからがんばろうという気持ちが強かった。デビューできたんだから、未来あるじゃんって。

デビューの直前に振付師さんに「お前は甘えている。実力が追い付いていない。今からでも外せるんだぞ。ひとりで残って練習しろ」ってハッキリ言われた。
居残りして踊っていると、山下くんとかが帰っていくのが見えて。
時間が解決なんてしない。自分が頑張るかどうかなんだって、圧倒的に気づいた。
一人で帰り道で泣きました。

輝いていたのは自分の未来ではなく、メンバーだった。
みんなキャラクターがあって、すごく魅力的だった。
手越は、まだ経験が浅くて踊れなかったけど、歌が抜群にうまかった。
結成当時のNEWSは人数が多く、個々のキャラクターがかすむって言われていた。間引くなら俺だろうなと思っていた
コンプレックスの塊だったから、NEWSにいていいのか?ってずっと考えていた。もうNEWSをやめようとも思った。NEWSをやめるってことは、芸能界は続けられないだろうなって。

ある日、楽屋でマネージャーが「バレーボールの番組の仕事やりたい人いる?」って聞いてきたことがあった。その仕事は朝が早いからみんな乗り気じゃないんだけど、自分にできるのはみんなが大変だと思う事を率先してやる事だと思って、「俺やりますよ」って言ったら、「いやいやお前じゃないでしょ」って。
いじられキャラだった俺への冗談だったとは思うけど、俺の心はその一言でポキっと折れた。その場で笑う事も言葉を発することもできず、下を向いてしまった。

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※ドンマイすぎる
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空き時間にメンバーでバレーをやっていて、ちょっと俺がミスをしてしまった時、「どんくさいね~」って言葉を言われただけで感情がぐらぐらしたのを覚えている。
いじってもらっている証拠なはずなのに、俺は本番中にもかかわらず涙を流してしまった。みんなが笑ってみている状況を見て、「お前なんかいらないんだよ」って言われている気がして、自然と涙があふれてきた。錦戸君は、「なんかあったか?」って心配して電話くれたこともあったな。そんな言葉をかけてくれたのは錦戸君だけだったかもしれない。
小山も当時は自分の事でいっぱいいっぱいだったし、手越なんかは事務所に入って間もなかったから追いつくために「クソッ」という気持ちで必死だっただろうから。
ついに自分を守っていたメッキがはがれたと感じた。


ファンレターに背中を押された

その時、ファンレターを読み直した。

どのファンレターも、俺のためにわざわざかわいい封筒を買ってくれて、キレイな文字で書いてくれてて。
綺麗にシールも貼ってあったり。“加藤くんが好きだって言う本を読んでみました”とか書いてくれているんです。それってすごいことだよなって改めて思って。
こんなに気持ちを込めた手紙を、俺は書いたことなんてない。ここに込められた想いってすごいって。その込められた想いに救われたんです。「俺がやめたら悲しむ人もいる」って。
今まで応援してくれた人は、ほかのメンバーよりは少ないかもしれない。でもゼロじゃない。少なくともゼロになるまではやろう。

ひとりでも応援してくれるなら、その人のためにやろうって。
誰に、何を思われても、「この人たちのためにやるんでよくねーか?」って思えて、前に進めたんです。
俺、今でも落ち込むとファンレター読み返しますね。

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※これ、6人時代の途中でも同じことを何かで言っていたんです。このシゲの言葉すごく印象にのこっていて。
私がファンになった時点でNEWSは一度活動停止の危機をすでに経験してたから、
シゲの「ひとりでも応援してくれるなら、その人のために続ける」って、すごいなって思った。こういう事をきちんと伝えてくれるシゲは素敵だなって、その対象は自分ではなかったにしろ、すごく感じました。
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最後に、自分の気持ちにも耳を傾けてみたんです。
「俺はなんでここまでやってきたんだ?」って。「ヘタだ、いらねーって思われながらも、なんで続けてきたんだって」
「俺はここにいたいんだ」って。
「好きだからここに立っているんだ」って気づきました。
誰の意思でもない、自分自身がやりたいからやってたんだって。

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※あんたって人は(ノД`)・゜・。
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頑張ろうとおもった矢先の、活動停止期間

(立て続けのメンバーの謹慎、その責任をとるという形で活動停止期間を迎える。)
報道が出た時にある程度は覚悟していたけど、事務所に集められたときは泣けないくらいパニックになった。
「どうする?この先」とか、いろんな想いがグルグル頭の中を駆け巡って、悲しんでいる暇さえなかった。
小山とカフェで落ち合って、「こんなことになっちゃったね」って言った後、ずっと無言だった。


活動停止中は、他のグループの活躍を見るのもつらかった。


俺だよ、泣きたいのは

活動再開できると決まったのはカウコンの1週間くらい前。
俺と小山はNEWSの出番までずっと控室にふたりでいた。山下くんはソロ、錦戸君は関ジャニ、手越とまっすーはテゴマスで出ていた。
俺と小山で「俺たち、なんもなくね?」って語りあってた。
ソロでできる実力がないことをわかっていたけど、現実として突きつけられた。NEWSがどれほど大事かわかったし、NEWSに甘えていることもよくわかった。
年越しのカウントダウンも二人で控室でジャンプして、ここにいるのとステージにいる差、わずか1階の差だけど、圧倒的な差があるんだなって。

ステージに上がると、NEWSのうちわを振ってくれる人が見えた。自分の名前も見つけて。
出るか出ないかもわからないのに、もしも出た時のために作ってくれた人がいた。待っててくれた人がいたんだって、嬉しくて、頭が真っ白になった。
歓声もすごくて、曲の音が聞こえないくらいだった。中には泣いてくれている人もいて、
「俺だよ、泣きたいのは」って思いながら歌った。


メンバーの頑張りを応援できなくなるほどクサっていた6人時代

仕事に関して、一生懸命努力をするんだけど、個人の仕事がなくなっていった。
メンバーの頑張りを素直に喜べない時期もあった。山下くんや錦戸くんはソロや演技の世界で活躍している。手越と増田はテゴマスがあるし、手越はイッテQでも頑張っている、小山もnews eveyで頑張っている。俺は頑張る場すらない。でも、どうやったら仕事がくるかもわからない。

NEWSのライブがあった時はめちゃくちゃうれしくて上がるんだけど、終わった時の虚無感がすごい。

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※2010年のテゴマスのコンサートに駆け付けた時も、そのあとのドーム魂でも、みんな個々の仕事の予定を宣伝している中、シゲだけが「俺は来月も元気です」って言ってたの思い出すな。
あの時、すごくシゲ卑屈で、みるからに卑屈で、私はてごちゃん越しにシゲを見ていたから彼の気持ちまではわからなかった。
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そんな時、テレビで二宮くんが「メンバーで自分だけ仕事が無くて、自分に何ができるんだろうって悩んでいた。事務所にオーディションをください」って頼みにいって、硫黄島からの手紙の仕事を手にしたということを知り、「考えるだけじゃなにも始まらない、大事なのは行動だ」って気づいた。
事務所の偉い人に相談したら、「自分の魅力はなに?」って聞かれた。
俺はそれに答えられなかった。

でも、答えられないから俺は立ち止まってしまったんだってわかった。
たぶん、俺はこういう性格だから、その問いに自信をもって答えることは一生できないと思う。でも、自分の魅力は?ということを、探し続けなきゃいけないって。

俺なんてダメだ、どうせダメだって思っていた。
でもまずは自分を好きになろうって。自分で自分を殺さないようにしようと思った。
努力しないと花咲かずに終わってしまう。自分で自分に水を上げなきゃダメだ。「いつか、いつか」って言っている人にいつかは絶対訪れないから。

俺、今でも何かの間違いで、この事務所に入っちゃったんだなって思うんです。
応募から一年半も返信が来なかったんだから、やっぱり間違ったやつが紛れ込んじゃったんだなって(笑)
でもね、だからこそがんばれるというか、人によってがんばり方って違うと思うんです。
「もっと上に行きたい」って頑張り方もある。でも、「俺はこんなにダメなんだからがんばろう」ってがんばり方もある。
俺は完全に後者。
自分を好きになるために、もっとがんばるっていうか。
手越とかと話していると、まったく逆なんです。「俺はもっといける!!」って思いが頑張る原動力になっている。
うちの事務所は、圧倒的にそっちのタイプがおおいと思う。それに、そっちの方がかっこいい。
でも俺は、挫折を味わって、コンプレックスが溜りにたまって、そうは思えない(笑)
でも、人は自分の歩幅でしか歩けないから、「ダメだけど頑張るよ」みたいなね。
「負け犬の美学」じゃないけど、俺は、足元を見つめながらでいいから、一歩ずつ頑張ります。

事務所の人と話し合いを重ねて、小説を書くチャンスをもらった。ありがたかった。家にこもって黙々と、ひたすら書いて書いて…今は大変でも、これは自分のため、そしてグループのためになるはずと信じて書き続けた。
結局その思いは届かなくて、本の発売の少し前、人数が減ってしまったけど(笑)


山Pと亮くんの脱退を経て、加藤シゲアキとしての出発

2人が抜けるとわかってから、俺は2度目の解散シュミレーションをした。
まっすーと手越はテゴマスを選ぶかもしれないけど、俺と小山はふたりでもNEWSをやっていこうなぁ、なんて話をしたこともあった。だって、俺らにはNEWSしかないから!

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※(ノД`)・゜・。
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俺らはずっとNEWSとして音楽活動ができる日、みんなに会える日を待っていたから、簡単に解散するなんて無理。だから、4人を含めてたくさんの人と今後の事について話し合いをし、NEWSが続けられると決まった時は泣きたいくらいうれしかった。

俺はいまでも山下くんと錦戸くんがやめたことは最善の方法とは考えられない。もちろん、頑張っているのも知っているし、尊敬だってしている。
でも。途中で抜けた人がいるってことは、残る者からしたらショックだよ。
俺、今でも、ふたりが去っていく最後の背中を覚えているもん。
だからさ、あえてその気持ちはわすれないでいようって思って。その思いを持っていれば、それが原動力になってこれからももっと自分を高められる気がするから。

もう涙はないよ。他の誰にも負けたくないしね。


4人のNEWSとして活動を再開し、新たに思ったこと

新しいNEWSとしてライブをさせてもらって感じたことがたくさんある。
ステージに立った瞬間は「この現象はなんなんだ!何が起こっているんだ!」
て信じられないって言うのが一番だった。
だって、ここまでさんざん迷惑をかけて、長い時間待たせてしまったファンの人がライブに足を運んでくれて、しかもみんなが応援してくれてるなんてすごいことだよ。
秩父宮での再出発のライブはすっげー楽しかった。そう思わせてくれたみんなに感謝しなきゃいけないし、もっともっと伝えたいこと、伝えないといけないことがあると思った。

俺はあまのじゃくだから、素直に口にするのが苦手だけど、頭で考えて大人しく平均点を出していてもダメなんだよ。120%はじけて俺らしくない部分がはみ出たとしても、そのはみ出た部分こそが本当の加藤シゲアキらしさなのかもって。秩父宮では思いがあふれてメンバーに抱きつきもしちゃったけど、それもまた俺なんだって素直に受け入れられた。

こうやって振り返ると10年間自分の事ばかり考えていたんだなあ、俺。
ファンの人たち、スタッフ、出会い、そしてメンバーを大事にできてなかった。
いまさら遅いかもしれないけど、これからはつねに感謝の気持ちをもって、応援してくれる人たちに少しでも気持ちが伝わるように、一つ一つの仕事をていねいに取り組もうと思う。
歌、ダンス、演技、本を書く、何をしていても本当の加藤シゲアキがいつもいるって思ってもらえるようになりたい。
俺ってせっかちじゃん。だから焦ることもあると思うけど、きっとマイペースでいいんだよね。
自分のペースをつかんで最後までやり抜けば、NEWSも加藤シゲアキもこれからもずっとみんなと笑顔で居られる。今はそんな確信をもって、大切な日々を過ごしているよ。



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※シゲのインタビューでは書かれていないのですが、慶ちゃんのMyojo10000字インタビューに、NEWS結成が決まった時、ご飯を食べに行って水で乾杯をしたというエピソードがあります。
「このあと俺らオッサンになってもいっしょなんだよな。おぼえてる?ホント、俺とオマエって、ずっといっしょだったよな」って喜び合ったそう。

この「結成の時に水で乾杯し、オッサンになってもずっと一緒だねと笑いあったコヤシゲ」
「活動停止の時、カフェで『こんなことになっちゃったね』と呆然としたコヤシゲ」
「二人だけになってもNEWSを続けたい、俺も小山と一緒に戦いたい、とNEWSで居続ける覚悟をしたコヤシゲ」
「4人でオッサンになるまで一緒にいたいって、ずっと一緒にいる仲間が増えたコヤシゲ」
っていうのが、私の中で、コヤシゲ目線でみたNEWSのすべてです。

6人で復活するカウコンの楽屋で、自分たち以外のメンバーが歌うのを見て「俺らには何もない」って言ったコヤシゲと、
2人になってもNEWSを続けたい、「だって俺らにはNEWSしかないから」って言ったコヤシゲ、
「NEWSであること」がどれほど2人にとって大切なのか気づく瞬間がきっと6人時代のどこかにあったんだなーと思います。

シゲに対しての気持ちが一気に強くなったのは、2011年11月23日。今でもはっきり覚えています。
シゲが自分の名前を「加藤シゲアキ」にした日、ツイッターとか世間ではみんな改名に戸惑っていて、♯小山なぜとめない みたいなタグまで出てたけど(笑)

あのプライドの高いシゲが、
「必死なところを見せるなんてかっこわりぃ」みたいな感じにイキってたシゲが、
NEWSのために、自分が名前を変えたことでNEWSが話題になれば、なんて言って、そのために親からもらった自分の大切な名前を捨てるなんて!(でも直前に落語の巨匠が亡くなってシゲの改名全然報道されなかったのよね)

だって、小さいころから芸能界で生きていきたいって言ってたじゃん!
「成亮っていう名前気に入っている。なかなか一発で読んでもらえないけど(笑)」って言ってたじゃん!
うおおおおん(ノД`)・゜・。(ノД`)・゜・。(ノД`)・゜・。

そこで改めて気づきました。
シゲは本気なんだ、そんなにNEWSが好きか、
たいしたいいポジションももらえなくて、ソロパートも少なくて、テレビでも全然抜かれなくて、
NEWSの山Pでも錦戸でもテゴマスでもキャスターの人でもないもう一人って言われてたのに←おい
どんどん仲間減って、ダメ押しでツートップにまで捨てられて、どん底に叩き落とされてもそれでもそんなにNEWSが好きか!

あんたってやつは(ノД`)・゜・。(ノД`)・゜・。(ノД`)・゜・。

でね、チャンカパーナの時、PVでシゲがすっっっっごくかっこよくなってて、びっくりした。
すごい痩せてて、ネ申みたいなビジュアルで。

私、現実的な話をしてしまうと、「4人になったNEWSにもたくさんファンがついた、というか、違和感なく復活を果たせた最大の勝因」は、全員劣化していなかったからだと本気で思っていて(真顔)
ちゃんと準備してたんだって伝わった。

どんな泣かせる歌を持ってくるんだと思ったらヒロイズムさんの生涯の傑作と言わしめた「フルスイング」をB面におしやり、
真っ白い王子様みたいな恰好でよくわかんないけどノリのいい、みんなが踊りたくなるようなちょっとエッチな歌を全面に持ってきたNEWSの美学にやられたし、
あの真っ白い衣装に身を包んだシゲが本当に本当にかっこいいと思ったんだよ。

虚勢を張る癖があったって、幼少時代の経験をふまえてシゲが何度も答えていたんだけど、
6人時代に、P亮と仲の良かったシゲは、「俺はこっち側」っていう自分で居たいのかなーって思う時もあって。
純粋に亮くんのことをずっと尊敬して慕っていたと思うし、山Pほどの人が自分となかよくしてくれて嬉しかったのもあると思うんだけど、
心のどこかで、テゴマスあたりに対して人間関係で差をつけたいような、(クラスの派手な人とつるんでいるのがうれしい、誇らしいみたいな…)
そういう空気も感じていて…

でも、なんにせよ、P亮と一番心の距離が近かったんじゃないかなっていうのは4人の中では間違いなくシゲで、
「いつまでも脱退の話するなよー」って思いながらも、そんなにも2人の存在はシゲの中で大きかったんだろうな、っていう思いもあるんですよね。

ただ、4人になって、シゲは「もうカッコつける必要がない」って、ちょっと肩の荷おりたのかなーって。

「4人でいれればそれでいい」なんて可愛いこと言う男じゃなかったと思うし。

相手に素直に気持ちを伝えられないって言っていたシゲが、120%はしゃいで、はみ出た部分を受け入れることができたのは、本当にこの4人でやっていけるんだっていうのが嬉しかったからで、「圧倒的にシゲを変えた」のはその気持ちなのかなと思いました。

美恋のオーラスでフルスイングの合唱を聴いて泣いてるシゲとかね、初めて見たシゲだった。
ずーっと泣いてて、すごい不細工になってて、ファンもメンバーも全員泣き終わってもシゲだけは最後まで泣いてて、
スクリーンに映って「シゲまだ泣いてるよw」「シゲってあんな顔四角かったっけ?」って言われるくらい泣いてて、
嬉しそうだったな。すごい伝わってきたな。

この話ツイッターでも何度も話しててしつこいけど、集まれチャンカパーナの東京ラストの時、シゲが「いろいろつらいこともあったけど、25年間生きてきて今が一番楽しい!」って言ったんです。
シゲが人生で一番楽しいと思える瞬間に彼のファンとして応援することができてて幸せだと思った。
手越担の相方さんと、「シゲが笑顔だとうれしいね」って何度も話したんだよね。

シゲがNEWSでよかったってすごい思ってます。
たまにヒヤヒヤする発言をしちゃって、おいおいって思うところも含めて。
ちょっと上から目線になっちゃうんだよなーっていうところも含めて。
バラエティに出るときに腕組むなよって思うところも含めて。

全部含めて、結局シゲが好きです。

弓引いてるっていうやつ、信じているよ。
いつだってNEWS信じてるし、期待してるよ!
だって私にもNEWSしかないから!(うまいこと言った!)

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